6Pチーズに愛をこめて

好きなものは好きなんだ

一寸先はきっとハッピー~土砂降りのめぐろパーシモンホール~

さて、いざブログを初めてみても、根っからの飽き性なので、どうもこうも書こうと思いません。(すみません)


書きたいことはたくさんあるんですよ、ペンを握って出力することは好きなんですけど、こうやって液晶画面と向き合って文字に起こすのがどうも…苦手で… ※Twitterはだいすき





あれはいつ頃だったのでしょうか(唐突)

渋谷すばる、単独初主演映画
『味園ユニバース』



この朗報を聞き、遂にきたかー…と思ったeighterさんは何人いたのだろうか。しかもタッグを組むのは山下敦弘監督とな…しかも二階堂ふみ様とな…

渋谷さんが演技をする。主演を果たす。しかも音楽を、彼の強みとなる歌を題材にした物語である。



の、前に、私は猛烈に二階堂ふみが好きだ。


まだ20歳以下の女優さんがたくさん活躍する昨今の芸能界。私は間違いなく彼女が実力派No.1だと思っている。(※なぜそう思うか、後にしつこいくらい詳しく記事にする予定)



渋谷すばる × 二階堂ふみ × 山下監督

美味しくならないわけがない。



2/14の公開が楽しみで楽しみで仕方がなかった。そんな矢先、友人の友人のすばる担の方から完成披露試写会のお誘いを受けたのだ。本当にありがたかった。まさかこんな喉から手が出るほど行きたかった現場に行けるとは夢にも思わなかった。



生憎の天気で、極寒の中、降り立った都立大学駅。これが噂のすばる親衛隊か…ってなんとなく恐れ多いお上品なマダムの皆さんの集団を見かけ、二ズムグッズのトートを持ってる若い女の子たちもちらほら…

関係者と、引き換え待ちのファンでごった返すめぐろパーシモンシアター。恥ずかしながら完成披露試写会というイベントの参加は人生初だった為、非常に挙動不審だったと思う。ドキドキしながら友人の友人と合流したはいいが、挙動不審は続く。



上映前に、山下監督、渋谷すばるさん、二階堂ふみさんが登壇されしばらく司会の方と、撮影中のエピソードや、事前にこの作品をご覧になられた著名人の方からのメッセージが紹介されました。甲本ヒロトさんマーシーさんからのメッセージに、マイク通さずに終始「うおおおおぉぉぉぉ!」と興奮気味の渋谷すばるさん。通常運転でした。いつもの渋谷すばるさんでした。萌え袖で客席に両手で手を振ってくださる(真顔)渋谷すばるさん。


二階堂ふみさんは、成人になられたばかりということですが、その成熟された妖艶な佇まい…。司会の方に話をふられ、答える時も、ひとつひとつ丁寧に考えて言葉にしている。そんな印象を受けました。作品の中で役を演じている時と違って、等身大の女の子って感じが見れて普通に嬉しかった。普通にファンの私は生で二階堂ふみを見れたことに普通に嬉しかった。




めぐろパーシモンホールは、コンサートホールとしても多く使われるようで音響完備も素晴らしく、この場所で『味園ユニバース』を鑑賞することは、もしかしたら映画館で鑑賞するよりも、すごく贅沢なんじゃないかなと思った。


そんな考えは、予想通りばっちり当たっていた(笑)そりゃそうだ。これは音楽を題材にした、渋谷すばるの歌声に惚れ込んだ山下監督の作品なのだ。

公開はまだしばらく先なのでネタバレが苦手な方はご遠慮願いたい。



















スクリーンの中で、初めて歌声を披露するあのシーンは、ほんとに鳥肌だった。関ジャニ∞のLIVEで何回も何回も彼の歌声を耳にしているが、それとはまた違うような気がした。

空っぽになったポチ男だけど、心の底に根付いた、脳内の裏側に固くこびり付いている記憶、何かに躍動されて絞り出されたあの歌声。それを全身に浴びている私はすごく幸せだった。


しかもあの選曲はすばるくん本人だと言うから、さらにびっくりだった。あのフレーズから始まる、あの曲は、この物語を彩る大阪の情景や、登場人物の人柄や、抱えているそれぞれの闇に、ぴったりマッチしている気がした。


カラオケルームのシーンも好きだ。すばるくんの歌うあの曲や、こんな曲まで耳にすることができる。それに感化されている赤犬のみんな。ひとつになっていくみんな。

あのシーンのあの表情な!うんうん!って語り合える仲間がまだ少ないのが悲しい。公開されたら、何度か劇場に足を運ぼうと思っていて、最終的にはきっと大きなスクリーンで彼の歌声を聴くことが目的になっているかもしれない(笑)それくらい、ポチ男が歌うココロオドレバ、そして茂雄が歌うココロオドレバが好きだ。




最後のあのシーンの表情を見て放心状態のヲタクたちに畳み掛けるように流れるエンドロール。そして主題歌『記憶』

上映終了後、客席から巻き起こる拍手。上がるスクリーン。スクリーンの奥にはバンドセットと赤いマイクコードを握り締める渋谷すばるぅぅぅ!!!!いやポチ男か!?


歓喜!歓喜!歓喜に揺れるめぐろパーシモンホール



ここからはもう私もあんまり記憶ないけど、私は初対面だった隣にいる、このイベントに誘ってくれた友人の友人に、しがみついていた。私もたぶんそうだけど、みんな泣いてたね。嬉しかったもんね。エンドロールで我慢していた瞳に溜まった涙が、ここで全部流れた(笑)

プライズで2曲披露してくださり、もうお腹いっぱい胸いっぱいの私でした。





それから私は狂ったように、味園ユニバースについて特集が組まれる映画雑誌やカルチャー誌を読み漁った。

山下監督との対談や、インタビュー、評論家の方の感想が書かれた物、ほとんど読んだ気がする。その中でも、ぜひ公開前に、前知識として目を通しておくと、より楽しんで頂けそうだな!って思う雑誌を恐縮ですが、ご紹介したいです。


Cut (カット) 2015年 02月号 [雑誌]

Cut (カット) 2015年 02月号 [雑誌]

BARFOUT! 233 凛として時雨 (Brown’s books)

BARFOUT! 233 凛として時雨 (Brown’s books)


特に上2冊は写真がいい。

活字中毒な私は、こういった雑誌は読み物として消化するのが常ですが、写真を眺めるだけでも楽しめると思った。イイ感じに力の抜けた、その被写体はポチ男なのか、茂雄なのか、はたまた、これが演技者:渋谷すばるなのか。

祝 出戻り

はじめまして。さとみと申します。

埼玉県在住、社会人になっておよそ10ヶ月。平凡な家庭に産まれ、平凡に義務教育を終え、両親の優しさに甘え4年制の大学にも行かせてもらい、平凡な学生生活に終止符を打ち、晴れて社会人になったのが昨年の4月でございます。








そんな平凡な毎日に、彩りを加えるべく私はジャニヲタとして再始動したのである。




私をジャニヲタとして開花させたのは、小学生からの親友の存在がある。

中学で同じ部活になった彼女(当時は確かKATーTUNの上田担)は、しきりに私にKATーTUNの魅力を語り出したのだ。

当時からミーハーの塊だった私は、人から聞いたものには積極的に手を出してみるがモットーで、その時のKATーTUNもそのミーハーな気持ちからだったのを覚えている。



しかも当時は仁亀がごくせんに出ており、その力も相まって私は見事に虜になったのだ。

学校でも家でも社会でも、仁派か亀派に分かれ、そのどちらかに属することが当時の中高生のステータスになっていた(たぶん)

私は(今になって思えばよくわからないが)仁派だった。赤西仁がこの世で1番かっこよくて、1番輝いていると思っていた。それからが早かった。

親友の策略によって、私は晴れて『赤西担』という看板を背負って、当時は若手3Gと呼ばれたKATーTUN、NEWS、関ジャニ∞で構成されたYou&Jに入会をした。好きなメンバーの欄にワクワクしながら赤西仁と書いたことを覚えている…。


しかし悲しいことに当時中学生だった私は、自分で自由に使うお金というものを月3000円程度のお小遣い以外に持っていなかった=コンサートになんて行けなかったのだ。現場に向かわず、永遠に茶の間でワーキャー言ってる可愛いもんだった…


そうこうしているうちに、私は高校生になっていた。

そして悲しいことにあんなに夢中になっていた赤西仁くんのことよりも、学校生活が忙しくなってしまったのだ…


そして私をジャニヲタへと誘った例の親友とは、見事に疎遠になってしまった。




そして久しぶりに会ったその例の親友は
NEWSの加藤成亮に夢中になっていた。


私が商業高校で、必死で電卓を叩きながら、電卓と恋人になりながら簿記の勉強を必死こいてやっていた間に、親友はしげに夢中になっていたのである。




そして、ここで私はお得意のミーハーを発揮するのである。


カラオケでNEWSの曲を入れる親友
NEWS魂に行ったときの話をする親友
コヤシゲの仲の良さを永遠と私に話す親友…



You&Jに入会していたにも関わらず、KATーTUN以外の2グループに関しては無関心であり、曲なんてまともに聴いたことなく、メンバーの顔も名前すらも分からない、ほんとに勿体無いやつだった。



その反動からか、NEWSならびに関ジャニ∞についても知りたくなったのだ。


そして私はある曲と出会った

そしてその曲のMVで1人輝きを放つ彼と出会った








それから私は、その曲の次に発売されたシングルを買い、それを引っさげた全国47都道府県を巡るツアーのチケットを申し込んだのだ。




全国47都道府県 完全制覇!!
関ジャニ∞えっ!ホンマ!?ビックリ!
TOUR 2007

この横浜アリーナ公演に入ったのである。

初めてのジャニーズコンサートにしてセンター2ブロックという、引きの強さ。ビギナーズラック。

もう初めてすぎて、どうしていいのかもわからない状況に、会場入って座席に着いても、私は何しにここに来ているだ…?この場所で彼らは歌って踊るのか…?もうよくわからなかった。とにかく後悔した。なんでこんな早い段階で
こんな良い席を体験してしまうのだろう。そんな邪念ばかりが脳内をかけ巡っている間に会場のどこからともなく始まるエイトコールと言われるコール。


もうそこからは非現実的でとてもエネルギッシュで、それでいて楽しい。そして輝く笑顔でパフォーマンスする彼ら。

もう後戻りはできないと覚悟した。



それから私はeighterという名を背負って、数々の現場に赴いた。

〇えっ!ホンマ!?ビックリ!!TOUR2007
    2007.8/4.5 東京ドーム 

〇NEWS concert tour Pacific 2007-2008
    2008.1/5横浜アリーナ 1/9東京ドーム

〇KANJANI∞ live tour 2008
    ∞だよ!全員集合!
    2008.4/4.5 横浜アリーナ 7/6東京ドーム
    8/19 京セラドーム 8/31 長野ビッグハット

〇舞台「こんなんやってみました。」
   2008.7/21 東京グローブ座

〇Ohkura Tadayoshi concert 2008
    2008.10/14.16 Johnny's theater

〇NEWS WINTER PARTY DIAMOND
   2009.1/1 東京ドーム

〇不滅の10日間ライブ
    KATーTUN TOKYO DOME 2009
    2009.5/19 東京ドーム

関ジャニ∞ tour2009 PUZZLE
   2009.6/1 東京ドーム


ざっとこんな感じだった。基本的にお金たくさんあったわけではないので遠征は頻繁に行けるわけではなかったが、都内近辺でやる公演はできるだけ行きたいと思った。




しかし、2009年以降
私はぱったりと現場に行かなくなった、、、


2009年私は晴れて大学生になったのだ。単位取得の為に東京の八王子辺りまで毎日片道2時間半かけ通学していた。しかもサークルにも所属していた。サークルと言っても、形式上は委員会で土日も学校側と会議やそれぞれの受け持った仕事を全うし、日々充実させていた。そして気付いた時には年会費を払い忘れ、そのまま放置という暴挙に出た…


それからの4年間、私はジャニーズとはかけ離れた生活を送っていた。その間、関ジャニ∞はデビュー8周年を迎え、瞬く間に大きく成長を遂げていた。大好きだった大倉くんもドラマや映画に何本も出演していた。グループとしては24時間テレビのパーソナリティを務め、国民的アイドルへと登りつめていた。関西ノリの面白くてかっこいいお兄ちゃん達が、全国で活躍していた。


そんなことに何も気に留めず、淡々と学校に通い、成人し、お酒を覚え、淡々とした日々を過ごしていた。平凡な毎日だった。


大学を卒業し晴れて社会人になった2014年。
私はふと立ち寄った某大型CDショップである作品に出会う。




LIVE TOUR JUKE BOX のDVDである。




薄々感じてはいたが、この頃の関ジャニ∞を活躍が目まぐるしく、各メディアに引っ張りだこだった。嫌でも目に入る。そんな感じだった。頑張ってるんだなって思った。

その頃私はいわゆるロキノン女子で、邦楽ロックが大好きで、ロックフェスに出没するようになった。元来、ロックが好きな父母の遺伝子を受け継ぎ、私ももれなくそうなったらしい。ギターの音やバスドラムやベースの重低音がとても心地よく聴こえた。


そんな時、某大型CDショップのモニターに流れていたブリュレを見てしまったのだ。

ご存知の方が多いはずだが、このTOURのセットリスト1曲目はバンドver.ブリュレである。もともとブリュレは好きな曲だったが、完全に関ジャニ∞の中でも数少ない『ガシガシ踊るダンス曲』として私の中で確立されていた。その固定概念を見事にぶち壊してくれたのが、そのバンドver.を見た時だった。そしてすごくかっこよかったのだ。バンドとしても成長し、音の出し方や、音色、ユニット感、そして私の最後の記憶である2009年の関ジャニ∞より遥かに上回るかっこいい関ジャニ∞。私の知らない5年間を経てきた関ジャニ∞

もう気付いたら、そのDVDを買っていたのである。




帰宅と同時に、伊野尾担である妹と共に鑑賞した。担降りした私がまさか関ジャニ∞のDVDを買ってくるなんて思ってもみなかったようでかなり驚いていたが、それ以上に私が驚いている。

主演のドラマが始まったり、映画が公開されたり、何本もCMに出演していたり、彼らの活躍を随時、妹が教えてくれた。しかし私は一瞬たりともなびかなったのにも関わらず、CDショップで見た、たった数分の映像で私は再び浮き足立ってしまったから。


彼らは私の知らない5年間で、確固たる地位を築き上げていた。ライブパフォーマンスも圧巻で、ただのアイドルなんかじゃない、アーティストとして昇華された彼らをCDショップのモニターで見ていたら、なんだか担降りした自分を悔やんだ。

私の知らない、彼らの5年間を知りたい。
そう思ったのである。何というか同窓会で初恋の人と再会して、また恋しそう…また好きになってもいいですか…?状態であった。




それからは、ジャニヲタの妹の助けも借り、晴れてFCに入会したのだ。

私は好きなメンバーの欄に大倉忠義と書いた。なんだかYou&Jに入会した、あの日を思い出した。




デビュー10周年を迎えていた彼らの仕事ぶりは目まぐるしく、個々の仕事も増えていて、テレビで見る回数も多くなっていた。それを見る度に、私はいつも新鮮な気持ちだった。でも彼らのスタンスは何も変わっていなかった。常にお客さんを喜ばせようと、なんだか楽しいことを企てようとしている。嬉しかったのだ。


またeighterとして応援しようと思ったのである。この10周年を、そしてこれから先を一緒に祝いたいと心から思った。









大学時代よりも考えること集中しなきゃいけないことが仕事だけで、また平凡な毎日を消化し続けることに疑問をもっていた。


そんな平凡な毎日に、彩りを加えるべく私はジャニヲタとして再始動したのである。






長々しくなりましたが、これが出戻りの経緯でございます。大倉担でございます。


要するに、学校が忙しくなってしまって、ジャニーズ応援してる場合じゃなくなった。ということです。




そして何故ブログを始めようとしたのかは、
これからは現場にたくさん行きたいと思っていて、それを何かに書き留めておきたいと思っていたからである。Twitterもやっているが、生憎大学生時代に作ったアカウントで、非ジャニヲタのフォロワーちゃんが多いTwitterで堂々とジャニーズ関連を呟くことに抵抗があったからである。






更新は不定期ですが、自分のペースでやっていきたいと思います。宜しくお願い致します。